Buchla の世界と日本

Buchla の世界と日本
何度も世話になっている Five G さんの開催する、Sunday afternoon with Buchla に行ってきた
ユーロラックをコスってるだけのニワカなのだが、妙に惹かれるモノがあり、ニワカなりにみてきたをとりとめもなく書く
一応、今すぐに買える(買えるとは言ってないが、なんといっても200シリーズは欲しくなったとしても買えるわけではないわけで) Music Easel にしても70万からスタートなので、ハンズオンで触れるだけでもかなり助かる機会であったのだが、詳しい人たちの演奏もみれるという大変オトクなイベントであった
ちなみに、妥協して(まあ妥協といっても各モジュールを揃えたらそれなりの値段になっちまうのだが……)Tiptop のユーロラックサイズのリイシューを通じて組み込むというテもある
本当に丸腰で向かったので、着いたら長嶌寛幸さんが200シリーズを持ち込んでいてくれていて「ゆ、YouTubeでみたやつや〜〜〜」となった
長嶌さんの話を拝聴してたら「生徒さんですか」と言われややウケた
ところで、不勉強この上ないが、長嶌さんて何のヒトなんだろ?とおもったら石井聰亙指圧王者高橋洋霊的ボリシェビキ、で OH!! NARUHODO!!! てなったりした
全体を通して、Buchla の思想というか、精神論というか、方法論的なモノを世界中の各々がパラレルに探求しているのが続いてるんだな〜みたいなのを感じた
圧倒的に Moog リスペクトで育ってるので、西海岸の様式自体があまり馴染みのないものなのだが、今日のいくつかのパッチを通して、なんとなく Buchla のデバイスたちと、平安とか、もしくはそれよりももっと遡るぐらいの古来のヤマト的なグルーヴと相性がよかったのかしら、と少しおもった
でも、トークショーを通じて別に Buchla がそういうのを意図していたわけではなくて、使い手たちが我々(というか我)のグルーヴに活かすよう見出してきたのかなあ、という認識に変わった
ドンは特段アナログ(ディスクリート回路)好き好き人間だったわけではなくて、100や200シリーズの時代の先端としてアナログだっただけで、いち早くデジタルを取り入れていたのに、評判が悪くてショックを受けていたみたいな話が印象に残った
200eシリーズの解説を聞くと、アナログとデジタルの融合というドンが一番やりたかったことがうっすら分かるような気にはなった
我らオタクとしては「う〜ん、やっぱり(アナログとデジタルでは)鳴りが違うよね」みたいのをしたり顔で語りがちなのだが(Five G の平井亮さんの語りが本当に良いオタクで最高だった)おそらく当人は「んなこたどうでもええワイ」というスタンスだったぽいぞ、ということらしい
そんな天才の気まぐれに生み出されたデバイスたちに対して「あ!木の洞がジーザスに見える!!」みたいなことをドンの掌の上でやっているだけなのかな〜みたいな
逆にそういう精神性だから、西洋音楽のパーツとしてモジュールを作るわけじゃなくて、まさしく実験音楽現代音楽的に既成概念に囚われず「電気を音に変換する」ことに挑戦し続けられたんかなーとおもった
ドンは自分のコトを楽器クリエイターとも現代音楽家ともおもってなかったんだろうけど、我々からみた時のドン像としてはエンジニアリングのマインドとアーティスティックなマインドとのハイブリッドだったんじゃないかー、というのが端々から感じ取れた(自分のことを発明家かなんかだとおもってたんじゃないの? とも)
そして、それは結構自分の目指すところと近いなーと、僭越ながら少しおもった
いま、リイシューをしている人は元々許諾も得ずにクローンを作ってた人らしくて、その人はその人で Buchla を探求していたのだろうし、洋の東西で探求の仕方もルートも違かったのかなーとか
元々 Make NoiseRene なんかに代表される、タッチプレートで CV を制御するみたいな世界観にイマイチ馴染めてなかったんだけど、100シリーズ、200シリーズの歴史にまつわる動画をみてちょびっと分かった気になったのだが、実際に Music Easel を触らせてもらって、なるほどコレにはコレにしかない機械と人間の融合....みたいなものが醸成されるのかなーと少し得心した
ユーロラックに興味を持ったのは、それこそ Doepfer みたいなスイッチとノブだけで構成されるようなモジュールだったので、タッチプレートで操作するデバイスを見た時は「なぜこんな不安定そうなインターフェイスなのォ??」とナメた態度をとっていたものだった....
長嶌さんのライブで、最初は幻聴かとおもったんだけど、長嶌さんが読経みたいな雰囲気でマイクなのかなんなのか、なんらか入力デバイスに信号を送っていて、根本的にはある種のサイバネティクス的に人体を拡張するみたいな思想があるっぽくて、まさにそれを体現していてかなり感動した
また、Easel を触っててすごく謎だったのがシーケンサーが5ステップで、それこそ最近仕入れた Octatrack をはじめとしてオレたち四つ打ちニンゲンからしてみたら3ステップとか5ステップってそんな変拍子用のシーケンサーかよ!! みたいな感じだけど、ドン曰く「人間は5コ以上同じモノが並んでいると理解できなくなる」らしくて、鍵盤はなんでスゲーかというと1オクターブで12コのキーを並べないといけないわけだけど、これを左半分で3-2(白鍵-黒鍵)として、右半分で4-3と分割することで、認知負荷を減らしている〜という
しかも黒鍵の数は5っていうね
これはもはや陰謀論めいてるとはおもうが....
でも、鍵盤という発明がない状態で12分割キーのUI考えるってなったら12連のキーボードにしてしまうとおもうんだよな、7-5で分かるか?
しかし、確かに体感として QWERTY のキーボードで 1-0 までトータル10鍵が並んでいるわけだが、未だにそれなりの確率でミスタイプしてしまう
でもテンキーになってるとガシガシ打てるのは不思議だなあ....という話をちょうど昨日してて、それは3x3のマトリクスになっているからなのでは....!?(今さら!?)とおもったりした
ところで、バナナケーブル抜き差しするの固すぎない!? 3.5mm より固いケーブル抜けないよォ....
全体を通して一番ほしくなったのは金子さんがプレイしてた252eで、今までみてきた回るシーケンサー史上一番グッときた
お値段なんと58万
その横にあった250eも良かったな…
こちらは30万
コントローラの223eは「このイーグルっぽいデザインが先にあって、後付けで人間の手と肩の構造からしてこの形が合理的〜などと述べているのでは」とイジられていたが、割れキーボード人間からしてみたら「いやいや、本当にこの形は合理的やとおもいますよ!!」と心の中でツッコミをいれていた

ここからは完全に余談
せっかく神保町にきたし古本屋みてこ〜と意気軒昂だったんだけど、ほとんど日曜休みで oh.... と
しかし、日曜営業していたアットワンダー日活ロマンポルノのポスターを眺めたり、マルキ・ド・サドソドムの120日閨房哲学を立ち読みしたりして(童貞か)、ラーメン食べに行った
不思議なことに、自分が入った時はほぼ満席で、空いてた1席にスゥと座ってしばらくしたらどんどん客ははけていくのに客が入ってこなくなって、もしかして自分なんか変なエキス出てます....!? と被害妄想に陥りそうになったぐらいで麺をすすってたら、店員同士で雑談してて、片方の店員が「真面目に働いてるし、税金もちゃんと納めてるし(中略)なのに、たった4文字のガ・イ・ジ・ンて言葉だけで本当に差別を感じます」とすんごいリアルな日本で生きる息苦しさ談みたいのを聞かされて、さすがにいたたまれなくなって声をかけてしまった
妻が今、にハマっていて、当時からしてみたら外来のカルチャーとしての漢文や、中華音楽があったんジャネーノって話があって、時代時代によっていろいろな渡来文化を受容してきたんだよナ〜....という流れがあったので、今日は今日で Buchla という渡来デバイスをジャポナイズしてきた先人がいたんだなァ....とちょっと感傷的な気分になってたところに冷や水をぶっかけられた感じで、トボトボ神保町の道を歩いて帰った
しかし、ブラックエクスプロイテーション映画なんかはそういった土壌から生まれてきたわけだし(無責任だとはおもうけど)、なんというか強く生きてほしいなと....
BAD HOP の次はそこだとおもうんだよなあ
若手芸人HIPHOP同好会King Boy のラインはマジで毎回グッときてしまう